「こわしさん!」
 ばたーんと豪快に扉を開ける音。
「うるさい。その開け方、誰かに似ててむかつくんだが」
「こわしさんってば!」
「・・なんだ」
 ずいっと惜しみなく身を乗り出してくる巳代治を眺めてこわしがため息を押し殺しつつ言った。
「こわしさんは、ミヨとカネケンどっちが可愛いですか?!」


どっち?



「はぁ?」
「えっ?」
 唐突な疑問をつきつけられたこわしと、突然話に巻き込まれた金子が同時に声をあげた。

「どっちですか?」
「いやお前なに言って」
「だから!ミヨとカネケンどっちが好き?」
「お前何言ってるんだ?」
 呆れを通り越してど真面目にこわしが聞き返す。巳代治がそんなことも理解出来ないんですかといわんばかりの顔をしたのでイラついていいのか嘆いていいのかわからなくなった。

「そうだよ、そんなこと聞いてどうするの」
「金子さんも気になりますよね?」
「き、気になんないよそんなの」
「ほーら今気になってきてるくせに。ねぇこわしさん」

 いつもの嫌味な冗談かと思ったが目が本気なので始末に終えない。
 どうしていきなりそんな子供が母親に問うような意味不明な質問をどうしてよりによって自分にぶつけてくるのか。
 徹底的に無視して飽きるのを待とうかと思ったが、巳代治は答えを聞くまで引き下がる気はないらしく、ついでに何故か金子も完全に手が止まっており、つまりはこのくだらない質問を終わらせなければ仕事に著しく支障がでる。

 こわしは耐えれないようなくだらなさと仕事とを秤にかけて、今度はため息をついた。

「どっち?」

「・・・どっちも」
 可愛いくないぞ、と言ったら、非難轟々を食った。しかも、双方から。

「それ選んでないです!どっちなのかはっきりしてくださいよ!」
「普通そこで『どっちも可愛い』じゃないですか?なんか地味に傷つきました」
 金子の普通は子供に兄弟どっちが可愛いと聞かれた母親の答えに限り普通であり自分には当てはまらないし、巳代治の論点はならばどちらかを適当に答えればいいのかと言えば確実にそうではないことがありありと予想できすぎる。

 実際どっちも大して可愛くないだろうが。

「現に今だ。かわいくもなんともない。むしろ有害。」
「どうゆう意味ですか?!」
「巳代治、これ以上仕事の邪魔をするな・・いいか、ここで邪魔をしなければ・・・」
 するな、のあたりで後ろから抱きつかれ、もっと正確に言えば軽く逆羽交い締めにされた。
「ミヨの方が可愛い?」
 甘えた声をだしても可愛くないものは可愛くない。と言ったら耳元でまた大声で騒がれるんだろう。

 可愛いと言って気が済むならいくらでも言ってやるが、今回は若干意味が違う。
「・・・・・」
 黙ったままでいると、隣にいた金子がはいはい、とわかったように言った。

「いいんですよミヨのほうが可愛いって言ってもらって。長男で慣れてますからそーゆーの」
「あーあーあー兄貴ってすぐそーやって自分の方が利口ぶるんだからまじうざい」


 金子はどうしていつも何かが些細にずれてるんだろうか。
 そして巳代治はどうして時々何かが盛大にずれてるんだ。


「僕巳代治のお兄ちゃんじゃなくてほんとよかったよ・・」
「カネケンの弟とかこっちから願い下げなんですけど。むしろ同情するわぁ」
「ちょ、僕のは実弟も義弟もミヨと違ってすっっごくいい子なんだから!」
「待てお前ら今兄弟(そういうの)関係ないだろう?」

 
 いつからこういう役割が回ってくるようになったのか。
与えられる(というよりとりあえず回される)仕事をこなしていけばいいだけだったはずが、こんな七面倒な後輩の面倒なんて押し付けられて。心身の消耗も甚だしい。

 昔からこの仕事場は騒がしかった。
 維新を成し遂げ肩で風を切る若い志士たちの、後先考えぬ議論が絶えず繰り広げられる、政府とはそういう場所だった。今思えば本来そういう場所だった。


(前はそうも感じなかったが)


 いつの間にかそのど真ん中に引きずり込まれて、この様。


(進歩か、後退か)


 今自分の仕事はこの国至高の法文草案。
 求めてやまなかったはずなのに、手にした瞬間、こんな重いおまけが付いて来ようとは。地獄の底かと思う。




「あっ、こわしさん、絶対話聞いてませんでしたよね、大体何でこの状況で資料読めるんですか?」
「資料のほうが数十倍可愛いからだ」
「それくらい知ってますよーだ!ミヨが聞いてるのはカネケンとミヨならどっちが好きってことです!」
「てゆーかなんで僕と比べようとするのさぁ」
「巳代治、可愛いと好きを混同するな」

 ひとつくらいなら質問に答えてやってもいいぞ。


 巳代治と金子が顔を見合わせて、黙った。これで静寂。
 次にどちらかが口を開くまでは、存分に可愛い資料との時間を過ごせるというものだ。



WHICH DO YOU LIKE BETTER?



(こわしー、ミヨの質問に答えてやらなかったでしょーつまんないなー)
(やっぱりあんたがけしかけたのか)
(やっぱりって何さ、)
(結局あんたがすべての元凶なんだ。こればっかりは俺の間違いだった)
(やぁねこわしが自分の非を認めるんて)



LOVE OR LIKE


「残念だったねミヨ!こわしは僕の方が好きみたいよ?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この後こわしに怒涛の(憲法論的な意味で)猛反撃をくらいます。
ミヨもカネケンもこわし側につくので伊藤一人ぼっち^q^

こわしたんは普通に「可愛い?」って聞いたら「カワイイカワイイ(棒)」って言ってくれると思います(( ー`дー´)キリッ


平成23年2月3日はにーさんにーさんの日記念でした。


読み物 / 2011.08.11

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