僕らの愛情表現




 今日も今日とて、この国の行く先を案ずる元老たちが議論を交わす元老室。
 その窓際、向かい合って並べられた椅子。
 それは単なるインテリアにしか過ぎなかったはずなのだが、あのお二方の特等席となってしまった今ではあたかもこの大日本帝国の政界を体現しているようで。

「この権力の権化!よくもよくもこの僕の邪魔ばっかりしやがってぇええ」
「・・・・・・」

 はじめはいつものように密談、などと笑っていた伊藤だったが、一定時間を過ぎると議室中に聞こえる大声でこの様だ。
 はじめはいつものように無愛想ながらもそれなりに意見を述べていた山県だったが、一定時間を過ぎると議室中を冷凍するのかと言わんばかりの冷気にだんまりだ。

「おまえぇえ、いい加減にその埒があかなくなると黙りを決め込むのやめろよ!」
「いい加減埒があかなくなるまで怒り狂うのをやめろ」
「誰のせいでこうなったと思ってるのさ!」
「知らん」
「ぬぁあああそのにべもない態度!この伊藤博文様に向かってさ、お前何様のつもりだっ」
「・・・・・・」

 その他の元老たちも議論を続けたいのだが、いかんせん部屋の隅からこのような罵詈雑言に冷たい空気が流れ込んできては進む話し合いも進まない。
 結局この二人がある程度収まるまで、大人しく見守る羽目になる。
 今の今まで奇跡的というか意図的というか、ともかく最終決裂はなかったとはいえ、これからもないとは限らない。
 二人の決裂が一体どの程度の混乱を政界に引き起こすかははかりかねるが、まぁ間違いなく胃痛・頭痛の併発は避けがたいはずだ。
 決裂するならしてくれて結構という気もしないでもない。しかし、このいつもの口げんかの流れでそんなとんでもないことを起こされるのは、さすがにごめんである。
 それほど元老の仕事は暇ではない。というよりこの日本国は安泰しているわけじゃない。
 このような暗黙の了解があって、結局皆でこの何回繰り返されたかわからない喧嘩をぼけっと眺めることになる。
 いざ危険な雰囲気になれば今二人のすぐ横で新聞の株価や地価のチェックに執念を燃やしている
どこぞの初代汚職大臣をつつけばいい。
 はずだったのだが。


「この狂介が!お前はあのあの功山寺のときから僕の後手と運命が決まってるんだよ!」
「覚えているか、俺はお前より年上だ」
「年の話なんかしてないだろうがっ、人生においてだよこの負け犬!」
「・・・お前にはそれ以外にネタはないのか」
「ネタだって!これ以上言うと狂介が泣いちゃうだろうが!」
「言いながら訳のわからない思考回路で昔を思い出し泣き出すのはお前だろう」
「僕は心根が優しいからね、こんな狂介ごときにでも同情心が芽生えるの」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「だからだまるなぁああっ話が進まないじゃないかぁあああ」
 話を全く別方向に持って行っている伊藤本人が逆ギレすると、ますます山県は腕を組み目を閉じて完全無視に入る。
 しかも今日はふいっと顔までそらされたものだから、よい大人がする仕草ではないことは少なくとも周りの人間は知っている、
伊藤も黙った。口をつぐんで山県をにらみつけ、そして椅子から立ち上がり相手に近づく。
 だいたいこのあたりで胸ぐらやらネクタイやらをつかむやひっぱるやらの喧嘩に発展するのだが、
本日、伊藤は山県の前に仁王立ちしたまま動かない。
 山県は山県で目を閉じ無視を装いながら、そんな伊藤の不可思議な言動の間合いをとっている。
 そのほか不幸にも同室してしまった人間も、一体何が起こるのか興味津々に見守っている。


 と、伊藤が山県の後頭部に手を伸ばして、顔を引き寄せた。



「あっ」
「え」
「い・・」
「!!?」



 同時に部屋中に重く響いた、ごんっという鈍い音。



「いっ」
「あ」
「え・・」
「!??」






 痛々しいことこの上ない。


「・・・・・」
「・・あのさ、山県。痛いとかなんとか言ったら。僕ものすごく痛かったんだけど」
「・・この行動へ至った経緯を言え」
「お前の顔見てたら、なんか気持ちが高まっちゃってね。親愛の印にキスでもしてあげようかと思って」
 でもさすがにそんなことして、泣かせるのはかわいそうだと思ったんだよ、僕、心根が優しいから。

 山県はそう言って若干頭突きの痛みに涙目で笑う伊藤をしばらく見上げると、こちらも立ち上がった。

 そして伊藤に近づくと、というより伊藤との距離を詰めると、その棒のような体格を忘れさせるかのような華麗なる一本背負いでお返しということになった。


 まともな受け身もとれなかった伊藤と、立ちくらみでその場に崩れた山県は仲良く医務室に引きずり込まれたとか。





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なんだかんだ言って議論しあってるこいつらはかわいすぎる。

読み物 / 2009.05.05

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