※長いです。

0.気が利かない男
1.make a date
2.着替えなきゃ!




「――要するに貴族院は敵対的だわ財界もワガママ言うわ元老はうるさいわ官僚は勝手に動くわ政友会内部でもゴタゴタは起きるわ総裁は仕事しないわでイライラが募った原さんにまた何か気遣いのつもりで声をかけたんだけどタイミングと内容がまずくてさらに怒らせちゃって挙句追い出されて謝っても聞いてくれなくてどうしようってそういうことね?」
「前半は大体あってるけど後半僕言ってないよね?原くんが大変そうだって言っただけだよね?」
「細かい男ね、アポもなしにいきなり・・・そんな顔でやってきたらそのくらいわかります」
 そんな顔、と思いっきり睨まれた岡崎はとっさに赤く腫れている左頬を、―なるべくやさしく、抑えた。
「いくら岡崎さんが気の利かない台詞吐いたからって、原さんもよくそんな顔でほっぽり出しましたね?
 政友会はいつから暴力組織になったのやらって新聞に売っていい?」
「や、やめてよ。それに気の利かない台詞って何さ、」
「違うの?」
「・・・さぁ」
 そういうところが気が利かないって言うんです。巳代治ははぁ、とため息をついて、冷やした手ぬぐいでも持ってこさせようかと思ったが、やっぱりやめた。




   恋 愛
   相 談





 岡崎がこうして自分の家を訪ねてくることは時々だが確かにある。
 しかも何の約束もなしに突然訪ねてくることがある。急ぎの用事は原則ない。現状確認のような他愛ない話と、いくつかのちょっと興味深い話、でもこれだって巳代治が調べようと思えばいくらでも出てくるであろう、要するにそれほど労力を払うには値しない程度の話。
 初めてがいつだったかは忘れたが、こちらも警戒するわ向こうも話がないわで重苦しい沈黙が支配していたことは覚えている。

 それでも性懲りも無く彼はこうして自分を訪れ、最近になってようやく話が続くようになってきた(多分それは自分たちの政治的立場の上昇とも関係してるだろうが)。本人がわかっていないようなので、代わりに巳代治が無駄に頭を絞ることになってしまったのだが、要するに、これは恋愛相談なのだ、と。


「なんてゆーか・・そろそろ飽きました」
 二人の間に置かれたお菓子はほとんど巳代治が一人でかじっている。むしろ一人で食べ過ぎてもはや岡崎が手をつけていいのやらわからない状態だ。
「もう、何回目なんですか?そりゃそんな 跡 つけて来たのはさすがに始めてですけど・・・いい加減、手懐けたらどう?」
「手懐けるって、誰を。君の話っていつもわけわからない・・」
 誰を、と聞いてる時点でわかってるくせに。しかし巳代治はイチイチ指摘してやるほどには親切ではない。というより、果てしなく面倒くさい。

「面倒くさい面倒くさいほんっっとめんどくさい。なんでミヨに恋愛相談?これってもしかしなくても嫌がらせ?覚えといてくださいね、お返しは必ずしますので」
「ちょっと待って、それこっちの台詞でしょ?恋愛相談ってどういうことさ!後、報復とかやめてよ、これは本気で」
 
 どうやら真剣にわかっていなかったようだ。この鈍感というか救いようなく気が利かないというのか、あぁ全く政友会にもあの子にもお似合いのことで!

 おやつの皿を自分の方に引き寄せて、もう一つかじる。いくら考えてもわからないのは、どうしてその役がこの自分に回ってきて、こうしてせっかく空いている時間を割いてくだらない話をしてお菓子を食べなくてはいけないのかということ。
 この男に好意を持たれているとは一握たりとも考えられない。そもそも最初からとは言わないが、始めのあたりですでにアウトだった。
 なんというか彼も自分も若かっただけで、今ならもう少し利口な口の利き方ができるとは思うが。
(結局始めがあれじゃ、いつまで経ってもこうなんだけど)
「じゃぁ、何?あれ?政友会内部の事情ダダ漏れにしていただいて、何か見返りでもお求め?正直興味ないんですけど」
「興味ないって。よく言うよ、君だって創設幹部の一人だろ。本当に政友会が潰れたりしたら、寂しいくせに」
「・・・え、それ本気?」
「僕はいつでも割と本気だけど」
「政界の寝技師」
「そのあだ名やめてよ!あの人たちの間にいたら結果的にそう見えるだけで」
「ミヨとしては"あの人たち"が揃って土下座でもしてる姿を見るほうが嬉しいんだけど」
「そんなことは僕がさせません」

 こいつ、さらっと嘘と本気を吐きやがるから、腹立つ。巳代治は一瞬射殺せそうな冷たい視線を投げ、もう一つお菓子をとった。
 いけない、朝からカロリーオーバーだ。
「・・・でもまぁ、そうかも。」
「そうですよ、え?」
「確かに愚痴っぽくなっちゃってたかも。ごめんね。お邪魔さま」
 恋愛相談という言葉に納得したのか報復という言葉が効いたのかはわからないが、岡崎は席をたった。単に時間が来たとかそういうのかも知れないが。

「それじゃぁ、」
「ちょっと待ちなさいよ」

 指につまんでいたお菓子の欠片を口にほりこんで、巳代治は少し考えるように目を閉じると、言った。


「デートしましょ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 岡崎はたっぷり5秒以上その言葉を頭の中で反芻し、意味をとらえようとして、失敗した。
「今度の土曜日、朝の10時ね」
「はい?」
「あぁ。きちんとスーツで。いいやつでね。迎えに来て」





 土曜日、10時。岡崎は何度も何度も時計を確認して、結局門の前より先には進めなかった。
 巳代治に迎えに来いと言われ、言われるがまま来たはいいが、全く訳がわからない。見事にここだけ何の予定もないから断ることも、ひいては確認の手紙を出すことすら躊躇われ、結局何が楽しくて上等のスーツでこうして時間を確認するハメになっているのか。
 家の中は動く気配がなく、岡崎はここに来てもう一度考え直し始めた。

 言われてみれば確かに、少なくともこちらとしては政治の話をしに行ったはずが、赤い手形を見ただけで原とのやりとりの一部始終を完全に再現される程度には自分は今まで巳代治に話を聞いてもらっていたのかもしれない。
 なんでと問われると、おそらくはあれのせいなのだろうが・・・。
 しかしこの状況は正直ないだろう。いや、だが約束を破ったと報復されるのも嫌だ。そもそもこれが報復かも知れないが。
 しかもこれが原に知られたら―。別に知られたからといって何もないが、ないはずなのだが―。

「・・・原さんのことでも考えてるんですか?ホントおめでたい人」

 横から突然声をかけられて、岡崎は飛び上がらんばかりに、実際少し飛んだかもしれない、驚いた。
 見れば相変わらず不機嫌そうな顔をした巳代治が、こちらも見ただけで上等のスーツでばっちり決めて立っていた。
 なんというかこればかりは相手にならない。単にスーツを着て立っているだけなのだが、思わず視線を動かしてしまうくらいの存在感はある。
「岡崎さんに玄関まで迎えに来いっていうのは期待しすぎでしたね・・・、何かおかしいですか?」
 あんまり岡崎がじっと見てくるので、巳代治が問いただすと、いや、と岡崎がかぶりを振った。

「なんていうか、女装じゃなくてよかったなって。ほらなんかよく噂で聞くしさ。でもやっぱり噂は噂だってちょっと待ちなよどこ行くの!」
 一瞬頭によぎった不穏な噂がいい意味で裏切られたので、安堵したあまりの失言だった。巳代治がくるりと向き直って家に戻ろうとしたのを、岡崎がはっしと腕を掴んで引き止めた。

「あらご不満かと思いまして。1時間くらいで着替えられますから。後、シワになるんですけど」
 巳代治がぱしっと岡崎の手を払って強行に道を戻り始めた。着替えになんで一時間かかるというか一時間かけたら女装できるのか。岡崎は肩をつかもうとしたが律儀にシワの心配をし、結局巳代治の手を取った。

「い、いいよ大丈夫。そのままで十分素敵だから」

 振り返った巳代治は、そうですか、と今度はあっさり方向を替えた。

「それじゃ行きましょうか」
「う、うん。で、どこに?」
「どこだと思います?」
「え・・っと・・・り、料亭で花見とか」
 精一杯の冗談のつもりで(むしろ冗談であってくれと願って)岡崎が笑いながら答えると、巳代治が冷めた視線を寄越した。
「春ですもんね、いいんじゃないですか?後でオススメのとこ、教えてあげます。原さんとでもどうぞ」
「っ、あのさ、いちいち原くんを引き合いに出すのやめ」
「そっちこそ願望を擬似実現させようとするのやめてくれません?ミヨ、誰かの代わりにされるような安い人間じゃないんですけど」
「君がデートしましょうって誘ったんじゃないか!」
「デートしたいんですね、原さんと」
「え、いや、あの、それは」

 完全に誘導尋問されてるとしか思えない。巳代治は岡崎が絶句している横を、軽やかに岡崎がとりあえず待たせておいた馬車のステップを踏んで言った。

「もしかして、期待しました?ごめんなさい。単にmake a date(会う約束をする)のつもり・・・岡崎さん、英語できると思ってたんですけど」





 所変わって政友会本部。総裁の西園寺はワイングラスの縁を無駄に何回も何回も指で撫でていた。
 要するに両手が塞がっていないといけないわけで、少しでも片手が空いていようものなら横で怖い顔をしている原にペンを握らされて仕事の再開になってしまう。
 原に言わせれば実際まだ始まってすらない状態なのだが。窓の外はみずみずしい青空が広がり、絶好のお買い物日和。

「なぁ原くん」
「なんですか?あぁ書類でしたらこちら」
「岡崎は?」
 机の上に降ってきた書類は見て見ぬふりをすることにして、西園寺はそう言いつつ原の顔色を伺った。特に不機嫌な表情を崩さず、原が答える。
「いませんよ、今日は用事があるって」
「用事って?」
「知りません。別に知りたくもありません」
 すると西園寺が片手でばん、と机を叩いた。
「知らん?どないすんのそんなこと言うていい子と会ってたら。原くんそんな言い訳だけでよう安心できんね?」
「そんなこと・・だからってそれ以上聞くのはさすがに重いかもって・・・総裁じゃあるまいし、岡崎はそんなことしません!」
 思わず本気で答えてしまった原も机を、正しくは書類を、ばんと叩いた。

「危機管理」
「なんか言いました?!」
「別にー」
 そりゃ確かに、昨日の岡崎は変だった。いやいつも大抵変だが、なんというか明日用事があって、と言ってくるあたりがいつも以上に変だった。
 とはいうものの原としてはつい数日前に平手で殴って、こちらから謝らなくてはいけないのに先に謝られてどうしようもなくなっていたところだったし、それ以上何も言えずむしろ言うことなど特になく、以下胸の内にて逡巡。
 となりの原のそんな思いを知ってか知らずか、西園寺はまた退屈そうにワイングラスをくるくると回す。
 そういえばつい先日、同じグラスに注いだ赤ワインをくるくる回してお遊びなさって、原のシャツを一枚ダメにしてくれたことは覚えていらっしゃるのか。
 その件で原から一喝くらい、しかもまだ昼前だと言うことで、西園寺の前にはワインのボトルではなく水差しが置いてある。

 原が見ていると、西園寺はおもむろに水差しから冷たい水を手持ちぶたさにしていたワイングラスに注いだ。
 そこで、何を思ったか、景気よく原にぶっかけた。

「?!!!??!?!?」

「あ、ごめん」

「いやごめんて、え?めちゃくちゃ恣意的にぶっかけましたよね、今?何するんですか!」

 悪意の欠片もない悪意の塊のような行為に反応の仕方がわからない原を前に、西園寺は素早い動きを見せた。
「これは着替えなあかんね。原くん着替えは?」
「こないだ誰かが赤ワインをぶっかけてくれたので今日は何も持ってませんよ!大丈夫です、水だし、今日は暖かいしその内乾きますから」
 一党の総裁が何もしていない部下に水をぶっかける状況は全然大丈夫ではないが、西園寺が何故か横においてあったタオルを当ててくれたので、原の威勢が若干ひるんだ。
「いや、それで原くんに風邪引かれたら、大変や。誰が仕事してくれるん」
「本来総裁ですけど、えぇ」
「やっぱ着替えなあかんわ。」
「えぇ、まぁ」

「よし、原くん、お買い物行こ!」

「えぇ、えぇ?!」

 西園寺が原に突っ込む間を与えないほど目にも見えない流れるような所作で颯爽と春用の薄手のコートを羽織り、原の頭に帽子をのせ、がっちりと手を掴んで、叫んだ。

「まーつだー、原くんと、お買い物行ってくる」

「止めてください松田さん、はやく、松田さん!
 え?濡れてるのは、この際いいんです。着替えますから。
 いや着替えないけど、乾かせばなんとでも・・・いやだからわざわざ買いに行く必要ないですってば総裁!!」


 東京の春はいい天気だ。


to be continued.

読み物 / 2011.08.11

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