恋愛相談


4.少しは利口な口の利き方


「お待ちどうさま」
 あまりに平和な春の陽気に立ったままうとうとしかけていた岡崎は、その声にぷるぷると頭を振ってうん、と答えた。巳代治の手にはこれまた上品にラッピングされた包み紙。どうせ破いてしまうのなら、そんなもの要らないじゃないかと思うのだが。
(あぁでも原くんはこういうの、律儀に取って置きそう)
「ホントいい天気」
 そうして巳代治はちょっと嫌そうに雲ひとつない青空を仰ぎ見た。
「それ、不満なの?」
 岡崎が思わず聞くと、澄ました顔でえぇ、との返事。なんて自分の周りはこうも扱いにくい人間ばかりなんだ。
「こんないい天気の日に、何を好き好んでこんな・・」
「こんな、何さ」
「何です」
「・・もういいよ。次、行くんでしょ?」

 そして岡崎が手を差し出す。
「・・・え?」
「え、て・・。あぁ、荷物、持ってあげようか、と」
 巳代治の一瞬不思議そうな表情を見て、思わず赤面した。
 そうだ。別に、荷物なんてわざわざ自分から持ってあげようとする義理なんてないじゃないか。例え西園寺に気利かん男!と罵られようとも。

 いたたまれなくなって手を下ろした岡崎に向かって、巳代治がため息。そして腕時計を見ながら言った。
「岡崎さんって想う男として一番最悪なタイプですよね。陸奥さんよりも。原さんつくづく趣味悪い」
「君に言われたくないんだけど・・・後、兄さんと比べるのは、やめてよ」
 巳代治はもう一度腕時計をちらりと見て、踵を鳴らした。
「褒めてるんですよ?これでも。それでね、ムカツクんですよね」
「ええと、うん」
 それって嫉妬ってこと?という問はとりあえず口に出さないくらいには岡崎も気が利く。
「今現在この瞬間、貴方陸奥さんよりどれだけ『いい男』だと思ってるんですか?」
 まっすぐ告げてくる巳代治に岡崎は若干動揺した。
「・・・それ、え、僕が褒められてるんだよね?」
 さすらば、しれっと巳代治が答える。
「生きてるだけマシって意味ですけど」
「本当君って人の傷を遠慮なしにえぐるよね・・・」
「貴方達の在り方がどれだけ周りの人間の傷をえぐっているとでも?甘ったれないでよ」

 そこで巳代治が一歩、岡崎に近づいて、打って変わった明るい声色で、言った。

「『僕』ね、岡崎さん。思うんですけど」
 自信満々に"断定"してくる、この感じ。あぁ彼は本当に変わってしまったわけではないんだな。

「原さんのこと好きですよね?」



「、好きだよ」




 今度こそ、まっすぐ。


 巳代治はそれはそれは軽やかにため息をついて、岡崎の額を指さした。

「目、節穴なんじゃないですか?後、頭も少し、あれ」
「君もう少し利口な口の利き方できないの?」
「昔より、利口になったとは思うんですけど。お互い」

 そこで巳代治が珍しく苦笑したので、岡崎も思わず頬を緩めた。


・・・


「僕ね、岡崎さん。思うんですけど」
 陸奥の家で何度か見たことあった。話をしたこともある。でも、多分こうして酒の席に一緒になるのは始めてかもしれない。
 普段彼がくっついている伊藤はすでに芸妓に夢中だし、陸奥も同じような状態だし、何故か一緒に酒を飲んでいる西園寺は原にちょっかいをかけているし、余った自分が絡まれたのは致し方ないのか。
 しかしわざわざそうして真剣な目で、しかも酔っているのか少し顔も赤いし(酒はあまり強くないらしい)、上目遣いに何を言い出すのかと思えば。

「岡崎さんって、原さんのこと好きですよね」
「ぶっ、はい?!??!」

 あの陸奥を相手取ってテンヤワンヤの論争を繰り広げる人間がまさかこんな話を振って来るとは。しかも何だ、その、あれな内容は。

「ちょっ、君何言ってんのさ!!」
「違うの?」
「ち、違うって、別にそういうのじゃないよ!」
「えぇー」
 絶対酔ってるだろこいつ!岡崎はその時はまだこの若手の秘書が素面でこういうことを平気で吐く人間だとは知らなかった。

「違うって、ハタから見てたら丸わかりですけど。西園寺さんも言ってたし」
「絶対それおもしろがって話合わせてるだけだから!てゆーか君西園寺さんにもそんなこと言ったの?まさか兄さんは?」
「んー、陸奥さんにはさすがに言ってないですよー。話拗れたら・・・面白いかも」
 いいことに気づいたと言わんばかりに策略を巡らす体制に入った巳代治に慌てたのは岡崎だ。
「おもしろがるなよ!そういうの嫌がらせっていうんだよ!どうするのさあれで兄さん結構単純なんだから、その、それを本気にしたら!」
「いいじゃないですか。協力してくれるかも。」
「協力とか要らないから!」
「ホント?じゃぁ岡崎さん、素で勝負する気ですか?ちょっと勝ち目ないと思うけどなぁ」
「か、勝ち目ってどういうこと、勝負ってどういうこと。それ兄さんと僕がってこと?」

 さすがにそんなこと言われたら岡崎だって動揺する。こちらも多かれ少なかれ酒は入っている。
 しかも巳代治が慣れたように酌なぞしてくるから、飲まざるを得ない。てゆーか飲まなきゃ付き合ってられない。
「だってどう考えても原さん陸奥さんにお熱だし。ほら今も西園寺さんにからかわれてる」
「君ら揃いもそろってそんなこと・・・あれは単に・・そう、慕ってるだけだろ?それか、尊敬とか。上司として。
 君だって伊藤さんのこと慕ってるじゃない。同じだよ。しかも君より原くんの方が数段マシだと思うけど」
 なるほどあちらで西園寺が楽しそうにニヤニヤして原が赤くなっているのは酒のせいではないみたいだ。
 あれ、原くんは酒強かったっけ?どうだったかな。
「なーんにもわかってないんだ。まだ」
「まだって。ちょっと引っ張るなよ」
 巳代治は原と西園寺の方を向いていた岡崎のネクタイを引っ張ってこちらに引き戻した。
「いいじゃん。それと、僕が伊藤さんのこと慕ってるように見える?もしくは尊敬?原さんと陸奥さんみたいに?」
 巳代治が手を離してくれたので、もういっそ面倒だと岡崎はそのままタイを緩める。どうせ酒の席。ほらあっちでは伊藤と陸奥が・・あぁ相変わらず仲いいんだか悪いんだか。多分悪いが。根本的に悪いんだろうが。

「君のは尊敬とはちょっと違うかな。普通は尊敬してる人の意見をあそこまで全否定したりしない」
「失敬な。閣下のことは少しは尊敬してるよ?」
 少しかよ。岡崎は巳代治に注がれた酒をもう一杯飲み干した。
「残念だったね、もし同じに見えるなら、これは一種の恋だから」
 絶対飲み干す瞬間を狙ったとしか思えない発言に、まんまと引っかかった岡崎は盛大にむせこんだ。
「でね、陸奥さんって邪魔なんだよね」
 焼酎って気管に入るとこんなに苦しいのか。涙目になりながらむせる岡崎を尻目に、巳代治が淡々と言葉を続ける。
「げっほ、はぁ?」
「伊藤さんも負けず劣らず単純だから、ちょっと陸奥さんに口出しされるとすぐそっちになびいちゃう。
正直邪魔。で、岡崎さんも陸奥さん邪魔なわけだよね。どう?僕らいい友達になれそうじゃない?」

 完全に酔っていると思っていたが、そのきちんと計算されたような自信満々の表情は緩んでいた警戒心すら呼び起こされた。

「げふっ、ごほ、ん、僕は兄さんの味方だし、兄さんを邪魔扱いする人間は僕に取って邪魔、だから」
 びしっと言ってやりたかったが、残念ながら途中で水を飲み干さねばならなかった。巳代治はそんな岡崎を眺め、どちらかというと呆れられたのか、肩をすくめてあっさりと言った。

「残念だな。君も陸奥さんに一種恋してるわけね。でも、それ目眩ましだよ」
「なんでそう女子みたいな思考回路なんだ。あぁそうだね尊敬を恋というなら恋だよ恋」
 もはや半分やけである。あるいはペースに完全に巻き込まれているともいう。
「陸奥さんを嫌いになりたくないだけなんだろ」
「当たり前だ、兄さんは僕の大事な人だ」
「ご心配なく。きっといつまでたっても『大事な人』さ、このままいけば」
 そこで巳代治は飽きたと言わんばかりに酒をつかんで立ち上がった。そして悠然と微笑んで、色んな原因で顔の赤い岡崎に一つの忠告。
「大事にしすぎて進退極まらないようご注意くださいね」
「そっくりそのまま君に返してあげるよ!伊藤さんに愛想尽かされないよう気をつけるんだね秘書さん!!」


to be continued....




読み物 / 2011.08.11

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