「僕の閣下に何か用」
奥の部屋にいると言われたから廊下を歩いていれば、ちっさい番人が通せんぼ。
「はい。ついでに桂さんに用はありません。山縣閣下は?」
「なんなのなんなの。みよ、最近お前やけに閣下にお近づきじゃない?」
無視してその脇をすり抜けようとすると、ぶーっとほっぺたを膨らまして、桂は隣にならんで歩き出す。
そのほっぺじゃ誰も通れないですね、という言葉を心に秘めるのは、ふざけたような瞳の奥にどんな感情があるのか巳代治は知っているから。
「冗談じゃないですね」
「冗談じゃないよ!」
「別に、私が用あるわけじゃありません」
ぴたっと止まった桂を振り返って、巳代治もやはり足を止めた。
「伊藤さまもモノ好きだね、未だにお前を秘書扱いなの」
世代の壁は思ったよりも厚くて、要するに結局はかなわないのだと思い知らされてばかりだけれど、これだけは言える。第二世代の自分たちは、思ったよりも相手のことを理解している。
そして、その相手を理解しているということを理解している。あの元勲世代より、何倍も。
「こと山縣さんに関しては」
「あぁ腹立たしい」
だから、口に出す言葉の何倍もの会話を繰り返す。そしてまた、暗黙の了解で世界は回り始める。
「絶対に『軽んじたり』はしないんだ。腹立つぅ。あんなに人と人の閣下を小馬鹿にしてるくせに、『どうでもいい人間』を使者にやったりはしないんだよね。大 事 な 話は、お前なんだよね巳代治。さぁまた『僕の閣下に』どんな難題ふっかけてくるつもり?」
巳代治はそれに答えず、つんとすまして聞こえぬふり。
政治も人も、表面的には呆れるくらい変化するのに。
こと暗黙の了解だけは、いつまでたっても。いつまでたっても。
NEVER EVER
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伊藤と山縣は、自分たちがお互いのこと思ってる以上に理解してるってことが
わかってないといい。
それを見てる第二世代がこうやってイライラつのらせるけど、
みんな空気読むのに長けてるから結局何も変わらない。
読み物 / 2011.08.11