定義1:親友




「ねぇ聞ちゃん」
 その日、俊輔はいつものようにふざけたノリで俺に聞いてきた。
「僕たちって、親友?」
「あぁ?」
 俺は俺の背中でぐだっている俊輔を振り返ったが、空になった徳利を片手にだらけているその一応世の中では偉いらしいそいつの顔は見えなかった。
「誰かがねぇ、言ってたんだよ。
 親友ってのはね、たとえそれによって敵対してしまおうとも、相手の誤りを全力で糺してあげるものなんだって」
「誰だよ、んな恥ずかしいこと言った奴は」
「聞ちゃんが女の子口説くときもそうとう恥ずかしいけどね」
「お前がいうか、お前が」
 全身全霊でこの突っ込みが相手に届くよう祈ったが、奴はそんな俺を無視して会話を続けた。
「聞多はさぁ、言ったよね」
「あぁ」
「・・いや、まだ何も言ってないんだけど」
「俺なんて言ったっけか」
「覚えてないのぉ」 



「聞多は、最後まで僕の味方だよね」



「・・・・・・・・あぁ?」
 俺は今度は全身全霊で後ろの人間を見下す気持ちを込めた。
「うわぁなんか僕今すごく見下された感じ」
 相変わらずケタケタ笑う俊輔。 
 だが実際笑っているのかどうかはわからない。


「誤りを糺す、ねぇ。ずいぶんご都合主義な言い回しだが・・・・・。
 ・・・・そうだろ俊輔、その理屈で行くと・・・お前の生涯一番の親友は山県ってことになるぞ」
 そこでその背中の俊輔は か、ちーん とものの見事にフリーズする。
「な、なな、なんだって」
「正面背面問わずお前の間違いを糺してくれようとだな。それとも大隈かな・・あー、そうだな、そっちの方が らしい かな」
「聞多!」
 俊輔に後ろ蹴りを食らわされ、俺は思わず畳に倒れ伏した。

「べふっ?!・・・ってぇだろうがっ!何しやがる俊輔!」
「聞ちゃんがそんなこと、言うからだよ。よりによって、僕の聞多がさ!!」
 わけのわからない怒りできゃんきゃん騒ぐ俊輔の頭を手近にあった座布団で押さえつける。
「山県に大隈?僕は、こんな二人なんかより、・・特に山県なんて論外だよ、こぉんな二人なんかよりずっとずっと聞多の方を大事に思ってるのに!それなのに聞多は・・・っ」
 いつの間にやら真剣に俺の方をにらみつけてくる俊輔は座布団の下ではっきり言ってかなり間抜けな状態だ。でももちろんここはそれに逃げるような場合ではなくて。
 俺はこいつのこういうところが苦手だ。真剣にしたい話があるなら、最初から正面切って言いにきたらどうなんだ。


「俊輔」
「何」


「俺様は、お前の敵にはならないって誓ったろ」


 世間一般の"親友"の定義なんか、どうだっていいだろうが。
 俺が、そう決めたんだ。
 俺はこいつの敵には絶対にならねぇ。

 そういうことを俺はいつだったかこいつに誓ってやって。
 味方だとは言ってない。
 ちゃんと俺だって覚えてるさ。
 とにかく昔だ。
 あんまりに色々変わりすぎて、思い出せそうにもないくらい昔のことだ。多分。



 今、目の前の俊輔は一瞬だけぽかんと俺を見て。
 そして心の底からけろっと笑いやがった。

「誓った?誓ってくれたっけ?そーだっけ?」
「おー誓った誓った」
「何その軽い誓い」
 楽しそうに笑いながら、俊輔は俺の向かいで空の徳利をあおった。
「なくなっちゃったねー」
 そうしてとうの昔に空になってる俺の分も持って廊下に身を乗り出した。


 井上が一人部屋でごろり仰向けに寝っ転がると、夜はすっかり更けたようで、窓から高く上がった月が見えた。
 あの月がもっと近くにある世界に行くのも、これだけこの世で過ごした後にはそれほど悪くはないと思う。が。
 残念ながら自分にはまだほっぽりなげる訳にはいかない仕事が残っている。
 その仕事の終わりが一体どういう形になるのかはわからないが、そんなことは考えても仕方がない。
 それは誰かさんの仮初めの親友でいてやること。


 本当の親友がたとえ敵になっても相手の間違いを糺してやる存在なら。
 俺たちが 本当の 親友であるには、あまりにこの世界には敵ばっかりが多すぎる。

 世間一般の"親友"の定義なんか、どうだっていい。
 俺が、そう決めたんだ。
 俺はこいつの敵には絶対にならねぇ・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そのまま寝ちゃったよ、的なオチ←
ちょっと長くなりすぎた(汗)

読み物 / 2009.05.05

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