恋愛相談


3.春らしい色


「新作?」
「あら、よくわかりましたね。意外」
「まぁ最近よく騒いでたから」

 西園寺がお買い物に行きたいと駄々をこねるのはいつものこと。正直必要なものは店の方から新作だろうがなんだろうが訪ねてくる程度の人ではあるが、それとこれとは全然ちゃう!と毎回恨めしそうに春の窓の外をながめている。

 どうせすぐに飽きるだろう、いっそ一回付き合えば満足するのではないかということで松田原岡崎と言った面子で公のお買い物に付き合ったことがあるが、なんというか一日中折衝やら講演に駆けまわるより、荷物を持って店を回ることが大変だとは露とも思わなかった。
 どこから出してきたのかよくわからない体力と気力で、まぁ唯一の救いがそれなりに西園寺が機嫌よさそうにしていたことだけなのだが、次から次へと、よくもあんなに回れるものだ。あの時ほど普段と変らない顔をしていた松田を尊敬したことはない。きっとそれ以外ではしない。

「うちの総裁と来たほうがよかったんじゃ・・」
「そのつもりだったんですよ?でも、用事があるとかなんとかで、暇が合わなくて。」

 政治的には邪魔になることが多くても、政友会上部にとっては伊東巳代治はいてもらわなくては困る存在だ。おそらく彼との関係が総裁のお買い物事情に影響するほどもつれることは、特に原あたりが断固として阻止してくれるだろう。
 全く厄介な人だ。岡崎はチラリと巳代治を盗み見て、今日はこの後何が、いや何軒が、待ち受けてるのやらとちょっと泣きたくなった。


「ねぇ、どっちがいいと思います」
 くると思った、その質問。そして今回は自分しか答える相手がいないことに気づいて、岡崎は肩をすくめた。
「さぁ、どっち・・も色が綺麗だね」
「・・・なんか的を得ない答えですね。そりゃどっちも同じ色だし。でも、綺麗でしょ?春らしくて」
 何事も経験は生きるものなのだ。どっちでもいい、とだけは言ってはいけない。これは岡崎が身を持って学んだひとつのルール。
 幸い不機嫌になることはなかった巳代治が、二着のシャツを見比べて思案顔。

 巳代治の一方的な指令の通り馬車は走り、到着したのはこんな場所が東京にあったのかと岡崎が頭を抱え込まざるを得ない、見るからにお高そうな欧州調の店。
 馬車を降りるときため息をつかれたので、多分先に降りてぼーっと店を眺めていたのはまずかっただろうと思うのだが、巳代治は特にそれ以上何も言わずさっさと店内に入ると、こちらもやたらパリっと決まったスーツの店員に何かを耳打ちした。
 二人で店内真ん中に置かれた背のないソファで待っていると、持ってきたのは爽やかな、しかし決して派手ではない綺麗な淡い赤色と桃色の間のようなシャツ数着。
 巳代治は次々とそれを見比べ、ぽいぽいといくつかを店員に渡した。まぁ正しくは突き返した。それで残った二着を見比べている、そういう状況なのだが。

 岡崎は何をするまでもなく、店内の角に積み重ねられた布地の束や、巻尺、ミシン、壁にかかった絵、それから高窓から店全体へさしこむ穏やかな光を見ていた。
「うーん、でも、そっか色か・・・」
 岡崎の場当たり的な発言にどこか納得したのか、巳代治がもう一度考え込むように呟いた。その言葉に岡崎も巳代治の方へ視線をやる。いつも不機嫌か真意の見えない冷めた笑顔かといった印象だったが、心から真剣な顔で、しかもどことなく楽しそうに(西園寺と一緒だ、別にどちらも、というより何でも買えるくせに、あえてそれほど悩んで何が楽しいのかはよくわからないけど)服を選んでいる横顔は単純にかわいいと思った。

(・・・この状況一体何なの)

 いいだろう。巳代治の顔がいいことは誰もが認めるし、実際ラインの綺麗なストライプのジャケットも組んだ足も実によく似合い実によく様になっていて、だからそこはまぁいいとして、なんでその巳代治と自分が一緒に(二人で)買い物しているのか(正しくは付き合っているのか)。

(これじゃまるで)

「・・岡崎くん」
「うわっ」
 ぼーっと埒のない考え事をしていた岡崎は、突然名前を呼ばれ再び、いや三度、あるいはもっと、飛び上がりそうに驚いた。
「聞いてます?」
「う、うん」
「じゃぁなんでそんなに驚くんですか?」
「それは・・か、顔近いから!」
 これはあながち嘘でもない。岡崎を覗き込むように顔を近づけていた巳代治はニコリ、と笑って、身を起こした。
(近くで見てもこれだもんな)
 せめてずっとその笑顔でいてくれたらいいのに、と思い、いやそれはそれで怖いからやっぱり不機嫌な顔の方がいいかも、と考え直した。不機嫌な顔の方が見慣れているからかもしれないな、と自嘲気味に笑顔を返す。慣れというのは恐ろしい。現に今だって、
「呼び名一つで単純な人ですね」
(見抜かれてるし・・・)
 岡崎がどうして性格がこうなんだろうと心から同情しているのをよそに、岡崎さん、と巳代治がもう一度呼びかけた。
「ちゃんと答えてくださいよ。どっちがいいと思います?」
 そうしてシャツを両手にもって、軽く身体の前にあてる。よくよくみると袖や襟元、ボタンの色合いや大きさなどが違うが、正直どちらでも構わない。しかしこれを口に出してはいけない。男なら。相手も男なんだけど。

「君はどっちでも似合うよ」
「本当にどこでそんな台詞覚えてくるんですか?あぁいいですよ知ってますから。質問代えますね、岡崎さんはどっちが好きですか?」
「僕そんな派手な色着ないよ」
「どっち?」
「・・・・こっち」
 有無を言わさぬ巳代治の口調に、岡崎は思わず指を差した。なんというか直感だが、すっとした襟元の方がいいと思った。
「やっぱり?ミヨはこっちのほうが好き」
 巳代治は思いっきり岡崎の指さした方とは違うシャツを腕に持ち、片方を店員に渡した。あぁそうかい。

 岡崎が役目終了とばかりにソファに深く沈んでいるのになんらお構いなしに、巳代治が店員に話しかける。
「これ、あれと同じサイズよね」
「えぇ、もちろん。」
「そ。じゃ、こっち包んで頂戴。それからこれ。これと同じデザインで、いつものサイズでお願い」
「色もこちらでよろしいですか?」
「冗談じゃないわ!任せる。春らしいのね」
 
 巳代治が店員と店の奥に行ってしまい、岡崎は手持ち無沙汰に今度は立ち上がって店内を観察。本当に、どこでこんな店見つけてくるのやら。いや、前西園寺に連れてこられたかな?通りに面した窓から外を眺めると、見覚えがあるかも知れない。松田と店の前で延々待ってたかも。しかし確証は得られないほどたくさんの店を回りたくさんの店の前で待っていたので、よくはわからない。

「岡崎さん」
 巳代治が店の奥から声をかけてきた。

「もうすぐですから、店の外で待っててもらえます?」
「・・・ごゆっくり」
 チリンと、上品に店の扉についた鈴が鳴った。前も聞いたことあるかも知れないが、確かお菓子屋さんでも同じ音が鳴っていた気がするので、それ以上は考えないことにした。


to be continued....



読み物 / 2011.08.11

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