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寒天、飽くせく語る思ひでなど

さぁて大日本帝国憲法125周年おめでとうございます!!!
カネケンがドヤ顔で思い出話寄稿している新聞はどこですか??

と、いうわけですごく久しぶりに歴創文章をひねくりだしました。
前々から書きたかった巳代治社長と私の知泉師匠、すごくおまけで高明と龍居さんです。
カネケンの思い出話ではありません。(大事なことです)
続きからどぞー( ゚∀゚ )

明治憲法発布記念SS 


『寒天、飽くせく語る思ひでなど』


 社長室から何やら不穏な音が聞こえて、言うなれば大の男が盛大に引き倒されたような音、社員が青い顔を見合わせたのも束の間、社長秘書が無表情にドアを開けた。「何事ですか」相変わらず容赦がない。おそらくこのくらい敏感かつ鈍感でないときっとあの社長の秘書は務まらないのだ。そう納得して、知泉もニヤニヤしながら龍居の背中からひょっこりと顔を出す。
「ダメですよ社長、イケメン同士が真っ昼間からそんなことしてちゃ」
 ため息をつく龍居の代わりに声をかけてやれば、日報社の現社長は勝ち誇ったような顔でこちらに振り返った。
「そんなこと?交渉してただけだけど、何か?」
「交渉相手をソファーにひっ倒す必要がどこにあるんですかね」
「知った口を聞くんじゃないよ元主筆」
 我らが社長こと伊東巳代治が立ち上がり襟元を正しながらこちらに歩いてきた。
「そうだ、新しい社長様にご挨拶しなさい」
「『早め』、に落ち着いたんですか」
「まぁね」
 知泉はこちらも無表情にソファで起き上がりつつあった新社長の加藤高明を見た。巳代治が日報社の社長職を加藤に渡すということはほとんど決定事項だったが、その時期が問題だった。
 仮にも政府系の筆頭新聞である東京日日新聞はその内部事情でさえ政情の思惑を受けずにはいられない。彼らの間でどういった取引が行われたのかは知らないし知りたくもないが。
 一応は加藤の主張通り「すぐに」交代する方向で落ち着いたようだ。
「そうですか、これから頑張ってください社長」
 知泉は出来うる限り敬意を示すために腰に手を当ててお辞儀をしてみる。
「でも、僕ももうすぐ辞めちゃうので、他の可愛い同僚たちとどうか仲良く!」
 巳代治と龍居が何言ってんだこいつ、といかにも胡散臭い表情を投げかけてきた。

*

「どうにも慌ただしくてダメだったね」
「そりゃそうですよ!世は憲法発布の日ですよ!しかも伊藤さんたちはその主役じゃないですか!」
 時は明治22年、2月11日紀元節。ピリっとするほどの寒さの中、首都東京を行き交う人々はわけもなく浮き足立っていた。わけがないわけではないが、大半はよくわからないまま、とにかく今日はこの大日本帝国の記念スべき日、つまり大日本帝国憲法、亜細亜で始めての憲法、我が国の誇り、が発布される日なのだと理解していた。
 知泉は傍らで大礼服に身を包む末松謙澄に両手を広げてみせる。末松はそうだねーと相変わらずニコニコして緊張感のかけらもない。
 様々な縁が絡まり積もり合って、知泉は大学を中退して末松が発案した新聞社の記者をしている。社員2,3名でとりあえず最低限の設備だけ揃えて好き勝手に筆を振るっている弱小新聞社ではあるが、元々政府の高官である末松の後援を受けているためかそれなりのネタは提供されてきた。いつまでも続けられるような商売だとは思っていないが、知泉はそれなりに今の仕事に満足している。昔から文章を紡ぐのは得意ではあったが、筆一本で生計が立てられるなんて昔は願ってもなかった境遇だ。
 末松のツテで政府の連中とも仲良くなれた。何より末松の岳父である伊藤博文の知古を得られたのは新聞記者としては大きな利点といえるだろう。彼らはちょうどこの国の威信をかけた憲法作成にとりかかっているところで、ネタには事欠かなかった。明治政府の知恵袋と言われた井上毅を筆頭に秘書官はかつて大学で講義も受け持っていた金子堅太郎だった。元来遠慮という言葉が若干抜け落ちている知泉はすぐにこれらの「天上人」と仲良くなってしまった。
 だから、伊藤お気に入りの秘書官である「彼」に今のいままで出会わなかったのは偶然としかいいようがなかった。
「知泉くんとミヨちゃんならきっと仲良くなれると思ったんだけどなぁ」
「まぁ、そのうち。しかし明治政府ってのはあれですか、顔採用なんですか?」
「確かに閣下は可愛い女の子が大好きだけどねぇ」
 新聞記者として憲法発布式典にお呼ばれしたのはこれ以上ない幸運だ。慣れないおろしたてのタキシードに身を包み(窮屈なことこの上ない)にっこり笑った末松に言われるがままに連れて来られた伊藤の部屋で知泉は初めて彼と顔を合わせた。長身で美形、その上あの若さで憲法制定という国家プロジェクトに関われるのだから天は二物も三物も与え過ぎである。
 実際は二言三言言葉を交わしただけで、突然飛び込んできた緊急の伝令に右往左往する伊藤の部屋をいたたまれず退散してきたのが先ほど。
 あくまで自分は一介の新聞記者だ。官僚としてのルートに限りなく近しい場所にはいたが、自分には向いてないと思ってあっさりこぼれ落ちてしまった。別に間違っていた選択だとは思わないし後悔も何もない。しかしやはりこうした国家の一大事には思うところがないわけでもない。日本の未来について酒を片手に語り合ったあの優秀な先輩たちは、今頃準備に駆けずり回っている頃であろうか。
「あ、じゃぁ知泉くん、また式典で」
「はい。いつもいつも、どうも。僕は幸せものですよ」
 ひらひらと手を振り大礼服の波に消えていく末松にぺこっと頭だけ下げて、知泉も歩き出す。もうすぐ歴史的な式典が始まる。大礼服や燕尾服、フロックコートにくるまれて髭を撫でながらあれこれさんざめく男たち。軍刀を鳴らしながら険しい顔で闊歩する軍人、興味深そうにあちこちを眺め回しメモを取っているのはきっと同業者だ。
 たった十数年前にはまだちょんまげをのせた武士達が刀を指して歩き回っていたこの国も、ついに欧州列強の真似事が高じて憲法なんてものまで頂くことになるのだ。
 いやぁワクワクするじゃないか。この気持ちはきっと筆に尽くせない。
 頭の片隅でこの式典の様子をどんな言葉で彩ってやろうか考えながら、知泉も参列者の集団に飛び込んだ。窓の外は相変わらず冷える二月の寒空だ。

 式典はそれなりに滞りなくとり行われ、皆が厳粛に頭を下げる中、陛下から黒田首相に憲法が手渡された。ここに大日本帝国憲法が誕生した。
 あの瞬間の高揚感、もちろんそれが魔法の書ではなく、自分たちの生活が直接的にどう変わるわけではないということは知泉だって十二分に承知していたが、それでも高まるあの緊張感の中の気持ちは抑えられなかった。
 首相が下がり、枢密院議長であり憲法の父である伊藤博文の横で制定メンバーがそれぞれに憲法の写しを手に前に進み出る。しかしそこでそれぞれに少し困ったように顔を見合わせ、伊藤や側の役員が何事かを耳打ちし、戸惑いを顔に残したままそれぞれに歩を進めた。
 知泉はそこでぼんやりと先ほど出会ったばかりの巳代治を眺めていた。
 大礼服を着慣れているとは言えない様子であるが、いかんせん元が洋装向きだからその辺の役人よりかは様になっている。しかるべき人員に憲法の写しが手渡される中、巳代治は周囲に視線を走らせてわずかに困惑をにじませた。おそらく大した打ち合わせもないままに手渡せとだけ言われたのだろう。そりゃ迷うに決まっている。巳代治が視線を寄越したのは記者の一団だ。おそらくあれは記者にひとつ手渡されるはずだ。そしてその幸運な記者が得意満面で号外を刷り憲法をまず最初に世の中に広めるのだ。
 もちろん知泉もその中の1人ではあったけれど、特別期待もせず羨ましいなぁとだけぼんやり考えながら巳代治の行く先を見守っていた。自分は一介の弱小新聞社の記者だ。こんな重大な発表はおそらく老舗の新聞社、だからといって反政府系に手渡すわけにも行かないであろうから、誰でもいいとは言えない、その敏腕記者が選ばれるに違いない。
 そこまで考えたところで、たまたま巳代治と目があった。こちらはぼんやりと眺めていたから、向こうが知泉に気づいたというのが正しいところだろう。次の瞬間には巳代治はまっすぐ自分の方に歩いてきていた。
 そして自分の中で状況を理解しないまま、本当の本当に理解せずただ反射的に、差し出された「それ」を受け取った。相変わらずぼんやりと巳代治の顔を見上げて、まじまじみてもイケメンだ、絶対顔採用だ、大礼服なんて反則だ、などなど失礼なことを考えて、改めて自分が今受け取ったものに思いを巡らせたー。

**

「だぁあああああああああああやばいやばいやばい!!!!!!」
「あ、お帰りー」
「どうだった??式典どうだった???羨ましいなぁ知泉」
 過去の自分の中で最高速度で根城にしている「会社」に帰り着き、靴を脱ぐのも面倒でそのまま息もつかさず駆け上がった。
「行儀悪いぞ」
「んなこと言ってる場合か!!これ!!これなーんだ!!!」
 学生時代の馬鹿騒ぎみたいにぎゃんぎゃん騒いで、ぽかんとこちらを見つめてくる同僚たちの頭の回転の悪さに余計に腹を立てた。
「憲法!!ちょっと早く号外!号外刷らなきゃ!!我が社が新聞社の中で最速!世界で一番に憲法全文を世に知ろしめるんだ!」

***

「思えばあれが生涯一番のスクープでしたよね。筆がついていかなくて泣きそうになったのは先にも後にもあの時だけですよ」
 あれから幾年が経ったのか、数字に弱い知泉としては自分の指にあまるそんな計算をする気もないのだが、とりあえず何年も前の今日の出来事だということだけが大事だ。相変わらず寒い、冬の日の出来事。今日は気の滅入りそうな曇り空。(あいにくあの日の天気がどんなだったかは全く思い出せなかった。)
「あっそ、よかったじゃない」
 全くなんとも思っていなそうなやる気ない声で巳代治が答えた。
 あの時の文章なんて三大記者とまで言われた今の自分にしてみたら稚拙この上ないひどいものだった。あれから言葉を自在に弄び読者を思うがままに誘導する論説をいくつも張って、百戦錬磨だと自負してはいても、あれに代わる最高の記事は結局書けなかった。と思う。

「で、飽きちゃったわけ」
「はい?」
「飽きちゃったんでしょ。自分の悪筆に泣くことが生涯に一度しか無い天才記者さんは、もう飽きちゃいましたと」
 あれから自分たちは良い意味でも悪い意味でも袖と時を重ねて、いつの間にか輝かしい明治の時代はもう終わりを迎える。
 知泉はしばし考えこんで、得心したようにうなずいた。
「飽きちゃった、っていいですね。そっか、飽きちゃったのか」
「あんたが筆を投げ捨ててどうやって生きていくの?」
「だから筆を『折って』はいないんですよ、投げ捨てたらまた拾えばいい」
 あれから日報社の社長になった巳代治に東京日日新聞に引きぬかれて、いつの間にか主筆なんてやらせてもらって、さらにいつの頃からか飽きた。書けと言われればいくらでも書けたけど、書きたいとは思わなくなった。
「記者は僕の天職だと思ってたんだけどなぁ」
「あんた書くことしか脳がないじゃない」
「じゃぁやっぱり天職じゃないですか」
「馬鹿なの?じゃぁ何ですっぱり日日から手を引いたわけ?」
 剣を含んだ眼差しで睨みつけられて、おぉ怖いと知泉は肩をすくめる。政府系新聞のくせに主筆が好き勝手なことを書くせいで何度も巳代治が政府の人間から小言をもらい、知泉を怒鳴りつけることも数えきれないくらいあった。発行停止を食らったこともしばしば。
 これでも最大限知泉は巳代治の意向に沿うよう努力したし、日清戦争の後なんて不本意ながらもあの陸羯南と大舌戦を繰り広げてやったではないか。
「飽きちゃったんですよ」
「餓死したいの?」
「あ、他の仕事まで止めるのやめてくださいね?僕は巳代治さんに呼ばれたから来ただけなんで」
 日々新聞に思い入れがないと言うのは嘘だ。昔から尊敬する桜痴先生が率いてきた一大勢力で、曲がりなりにも自分が作り上げてきた「メディア」だ。
「やーですよ。巳代治さんがいなくなったらどうせ龍居さんもいなくなるんでしょ?じゃー僕もって!」
「役立たず。加藤なんかに丸々渡すの、悔しいったらありゃしない」
 新聞なんぞ情報操作のツール以外なんとも思ってないような社長でさえ少しは愛着があったと見える。
「結構楽しかったですもんね。巳代治さんが下関の会談に行くときなんか特に」
「忘れた」
「巳代治さん飽きっぽいからなぁ」
 なんでも卒なくこなしてしまって、大体のものは手に入ってしまって、常に欲求不満なこの人は不可避的に飽きっぽい。
 だからこそ自分はきっとこの美人だけど高圧的で近寄りがたくて偉そうでこと「私の」閣下のことに関するとどうしようもない馬鹿、に成り下がるこの人にまだ飽きないですんでいる。
 飽きっぽいというのは不幸なことだ。だからこの人もある種可哀想なのだ。

「まーいいけど。知泉なんてもう用なしだわ。後で龍居のトコ行って来なさい。」
「なんでですか?もしかして最後にボーナスくれちゃったりします?」
 そこで巳代治がにっこりと笑った。新品の大礼服で緊張したような若かりし彼もなかなかに男前だったが、地味な色の和服でこうしていやらしく、大抵ろくでもないことになるとしても、笑う方が似合っていると知泉は思う。
「そうかもね!ついでにあんたが前借りしたりこっそり拝借していた諸経費も最後に精算してあげようと思って」
「僕そんな経費もらった覚えないですよ?!」
「経営とか数字のこととかよくわかんないからぁ、龍居に聞いて?」
「えっ、ちょっと待って冗談ですよね無理です僕これからどうやって生きていけば」
「忙しいからまたね、朝比奈」
 自分は自由独立のジャーナリストだ。腐っても。例えどれだけ嫌気が差して何度筆を捨てたとしても。きっと遺書を書いた後だってもしかしたら筆を握っているかもしれないと思う程度には。
 ただ生きてこその才能だとも思っている。
「ダメダメダメダメです他人ごとにするのやめてください、みよじさぁん」

 残された決算書の類を眺めてみて、早速経営努力を放棄したくなった加藤率いる新・日報社の命運はまた別の話。

おわり

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楽しかった。なんか優秀な人間どもがこうして不遜な思いを抱えながらこじらせていく様が腹立たしくも可愛らしいと思います。老記者の思い出を思い出しながら書いただけなので大体史実通り的な。老記者が欲しいよーぐぐるブックスさんはとてつもなく見にくいのです。。。

| 2014-02-11 | カテゴリー: Story

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ろうあ

楼 亞 (ろうあ)

主に明治・大正時代の歴史好きです。*元老・第二世代・官僚閥 (歴創) *旧帝大の学部、旧三商大(擬人化)*一部女性向け表現を含むことがありますので苦手な方はご注意ください。連絡は

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