長い年月の中でも、その金地の短刀の美しさは色あせてなかった。
両手に持って、立ち上がる。部屋は暗い。部屋は暗い。
鞘から刀身を抜く。何年も何年も、あらゆる光から遠のいていたその刃はわずかに差し込む十一月の三日月のか細い光さえ、どん欲に反射してきらりと光った。
鞘を床に投げ捨てると、畳に当たって鈍い音をたてる。
一瞬の隙もなく張り詰めた糸のような鋭さに当たって、身体を取り巻いている重苦しい空気が真っ二つに裂け冷たい風となって足下に流れるようだった。
これなら人間の皮膚だ筋肉だなんて、ほんのわずかな力で何の狂いもなく突き通し切り裂けるに違いない!
久しぶりに会った、もちろん今まで全く存在を忘れていたけど、愛しい物に触れ、その完璧さに口元がゆるんだ。
しかしその笑みも数瞬も持たずに消え失せた。あぁだめだ。この完璧なる刀にふさわしい 相手 が、自分にはいない。正確には もう いない。
いつだって、最高のものは手許にあるのに、一番大事なものには届かない。
くだらない。何もかも、ばかばかしい。どんな切れ味も美しさも、意味がない。
ずるずると壁に背中を押しつけて座り込む。右手に抜き身を持ったまま、特に注意することもなくだるい手足を投げ出した。
首の力も抜くと、頬に髪がかかった。目を閉じて、静かすぎる夜の音を聞く。
そうしておもむろに目を開けると、耳に髪をかきあげた。そのまま毛先に指を遊ばせると、右手をあげて髪を切った。
本当に少しの力で引いただけで、髪が指に絡みつき床に落ちた。
もう一度手櫛で髪を梳き、切る。抵抗も何もなかった。
「・・・鏡・・」
右手を止めて呟いたが、身体は言うことを聞かなかった。
後で揃えればいいや、と投げやりに思って、次々に髪を切っていく。
今自分がどんな表情かだなんて、わざわざ見ながら切らなければいけないほど自分は不器用な人間じゃない。
この短刀は、手放そうと思った。
抜けない鞘
抜けない、鞘
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金子話と、微妙にリンク。