がくんと身体が大きく揺れたかと思うと、木戸は頭から転がった。そうして再び尻餅をつくように身体が揺れ、くらくらする目を無理矢理見開いてみると、瓶のガラス越しにめがねをかけたいわゆる好青年がこちらをじっと見つめているのが見えた。外はすっかり日が昇り、さわさわと木の葉がすれる音がする。
木漏れ日が瓶の中で複雑に屈折を繰り返し、木戸は光に包まれているような錯覚に陥った。
「・・・なんでしょうか、これ。」
そんな中、青年は疑うように少し眉間にしわを寄せ、じっと木戸を計るように見つめてくる。木戸は蛇ににらまれたように動くに動けなくなり、しかし足下を見るとあつい底のガラスの向こうでゆがみながらもさっきとは打って変わって穏やかに流れる川をみて、あぁおそらく彼が川から引き上げてくれたのだろうと推測する。
「とにかく閣下にお見せしなくては・・こんな珍しいものを見つけたなんて閣下ったら巳代治を褒めてくれたりなんかしてw」
とりあえず礼は言うが最初の好青年という印象は取り消そうと思いつつ、木戸は再び瓶の中でひっくり返ることとなった。
「閣下、閣下ーおもしろいもの見つけましたよー」
「巳代治っ、お前一体どこをほっつき歩いてたんだ」
「うっさいなー金子のくせに。どいてよ、ミヨは閣下に用事が・・」
「仕事を勝手に放棄していくような奴には自覚が足りないんだ」
「鬱(うっ)さい」
「今漢字の使用法おかしくなかったか?!」
ぎゃんぎゃんと言い合う巳代治と金子の大声に耳を押さえていた木戸だったが、次に聞こえてきた声には手をはずした。
「もーうるさいのは二人だよ!巳代治もなんなのさ僕に用事って」
「あ、閣下ーw見てください、おもしろいもの見つけたんですよ」
そういって巳代治がさっと瓶を傾けた。荒い仕草に木戸は三度もんどり打って瓶の口から誰かの手の平のうえに出た。
「う、わー何これ、お人ぎょ・・」
「俊輔っ」
伊藤が全てを言い終わる前に、木戸はがばっと身を起こして名前を呼んだ。
しかしのぞき込んでいた伊藤と巳代治はぎょぎょっとして目を見開いた。
「し、喋りましたよ閣下」
「う、うん。しかも今・・僕のこと呼んだ?」
まじまじと見つめられ、あぁおそらく伊藤も自分のことを覚えていないのだと思い至った木戸は
少し胸が締め付けられるような感覚を押さえ、話をややこしくしないためにもうそぶいた。
「い、いいえ。人違いだったようです」
「やっぱり喋ってますよ閣下」
「見たらわかるし。人違いってわかってよかったよ、僕もこんなかわいらしい妖精さんの知り合いを忘れていたら大変だ」
そういってにっこりといつものような人なつっこい笑みを見せた伊藤は、木戸を側にあった机の端にちょいとおろしてくれた。
「巳代治、こんなのどこで拾ってきたのさ」
「川に流れていたんですよ、瓶に入って」
「その瓶に何か書いてないの」
「えと・・ラベルがすり切れてて全部読めませんが・・ノルマントン号?」
「やな冗談だよ」
ふぅと伊藤が首をふりふり机の前にあぐらをかく。木戸がちらりと机上に乱雑に散らばっている走り書きを見ると、そこには「憲法草案のそのまたそーあん」なんて書かれてある。
びっくりした木戸は巳代治から渡された布きれでびしょ濡れになった身体を拭きながら、尋ねる。
「えと・・あの、あなたは今どんなお仕事をしてるんですか」
「ん、僕?今はもっぱら憲法草案を作ってるんだよ。前は首相もしてたけど・・人は僕のことを はぁとの御前 と呼んだりもするね」
最後の方で誇らしげに、むしろ誇るべきは最初の方なのだが、伊藤は答えた。
またこの子の遊び癖は改善どころか改悪されているようだ、という木戸の内なる怒りをさておき、伊藤は巳代治や金子を相手にとりあえず木戸をどうするか相談しているようだ。
「どうしよう、こんなちっさい人間初めて見たよ。陛下にお渡ししたら喜ぶかなぁ」
「伊藤閣下、そんなことをしてもしあの得たいの知れない者が陛下に害でも及ぼしたら・・」
「わかったわかった、それ以上怖いこと言わないでよ!」
「閣下、とりあえず大学か警察に渡して何者かが判明してから陛下に差し上げなさっては」
「うーん、まぁそれもいいかもね。」
いずれの選択肢もとてもじゃないが木戸には耐えられそうもない。
俊輔が木戸のことを覚えていないならばここに長居するのは危険だ、と判断した木戸は、
慌てて机からすぐ横にあったカバンに向かって飛び降りた。そのままカバンを伝って下に降りるつもりだったのだが、思わずカバンが移動したため中に思いっきりはまってしまった。

な、なんで?カバンが勝手に・・
何とかその場にとどまり周りの状況を見渡すと、カバンはなおも大声であぁだこうだ言い合う伊藤たちを尻目にずるずると隣の部屋まで移動を続け、そして如何にも、といった風貌の年齢不詳の者の手によって外に持ち出された。
あぁ思ったよりも簡単に脱出できてしまった。
木戸が瓶よりは居心地の良いカバンの中でしばし思案。
そうか俊輔が憲法草案を・・・・まさかとは思うけど、よくよく考えれば聞多だって外務卿をやってた訳だし、別にあり得ない話ではないのだね、ただ・・・・
「って、あれ、巳代治、カバンをどこにやったのさ」
「え?言われたとおり机の横に置いておきましたけど」
「・・・ない、」
「え"っ」
「うわぁあああの中には憲法草案が入ってるのにぃいぃいいっ」
遠ざかる悲鳴を聞いて、ため息。
・・・不安だなぁ、この国の未来。




