はっと次に気づいたとき、木戸は草むらの中に倒れていた。なんとあの状況で眠ってしまったらしい。
「うわっ、ここは・・」
 どこか森の中ということはわかった。頭上には木々が生い茂り、風がその間を穏やかに吹く。
 そうして近くにはあのカバンも投げ捨てられていた。

 どうやらカバンから投げ出されていたらしい。はっと気づいた木戸はカバンの中に潜り込み、そこに『憲法草案』が残っているのを見ると、ほっと一安心した。
 後はこれが無事に俊輔たちのもとに帰りますように、と、ひとまず祈っておく。できることならば届けてやりたいが、それもこの姿では叶わない。その上ココがどこだかさっぱり見当もつかない。



 これから私はこの不思議の国でどうやって生きていこう。



 木戸は思わず草むらに大の字に寝転がって考えた。
 ここでは木戸はあの明治政府に縛られる木戸孝允ではなく、不思議な、だけども何の役にもたたない小さな人間である。
 途方もない不安と孤独にさいなまれ始めたそのとき、がさがさっと側の茂みが大きく動いた。
 この小ささじゃ何に食われるかわからない!そう思った木戸はとっさに起き上がり、背の高い草の陰に素早く身を寄せ、その動く茂みを伺った。
 猫か犬か、それとも・・・・・!


緊張し息を止める木戸、その目に飛び込んできたのは・・・・


「・・うさぎ・・・!」

 正確にはその耳である。

 あれ、けどあの耳、ウサギにしては大きいような・・・

 そう思った瞬間、茂みからぴょい、と例のあの木戸の時計を奪った白耳ウサギが跳びだしたではないか。

「あぁっ!ちょっと待って!」
 木戸の声が聞こえているのか聞こえていないのか、ウサギはぴょこぴょこスキップしながら向こうの木の陰へ。
 もとはと言えばあのウサギが木戸の時計を盗んだからこうして追いかけ、こんな変な世界に紛れ込んだのだ。とにもかくにも今はあのウサギを捕まえて話をしなくては。


 そう考えた木戸は、草の陰を飛び出し、ウサギが消えた方向に走った。歩幅の関係上ウサギのひととびは木戸の数十歩分である。それでもめげずに賢明に走った。
 そしてようやく大きな木の根を必死によじ登り、それを回り込む。
 そこには一人の細身の男が座って本を読んでいた。男は木戸の着地したときの音を聞きつけたのか、ちらりとこちらに視線をよこす。


「って、今度はお前かい狂介!」


 木戸が声をあげたことで山県も驚いたように今度は顔ごとこちらを向いた。
 あぁおそらく彼も木戸のことは知らないに違いない。少しばかり後悔した木戸だったが、
「かっかぁーんv」
という声とともに山県の首に突っ込んきたウサギの桂を見てそんな後悔も吹き飛んだ。
「桂、でかい声を出すな。そこにいる生き物が驚いている」
 気遣ってくれるのは嬉しいが、そこにいる生き物、と形容されてはさすがの木戸もショックを受ける。
山県の首にかじりついているウサギ、もとい桂はこちらもくるりと木戸の方を見て、
「あ、時計を貸してくれた人、ずいぶん小さくなりましたね」
などとのんきに笑っている。

「あの時計は貸した訳じゃないよ、君が勝手に持って行って・・それに私は好きでこの大きさになったわけでは・・」
 木戸が精一杯訴えるのを聞いているのか聞いていないのか、桂は山県にひっついてごろごろしている。
 しかし山県は無表情に縞模様のしっぽを使って器用に桂を引っぺがすと、木の側に生えている小振りのキノコを一本採り、木戸の方にほってよこした。

「勝手に縮んでしまったというならば、何か変なものでも食べたのだろう。それを食べれば元に戻る」
 別に木戸は何も変なものを食べた覚えはないが、元に戻ると聞いて早速そのキノコを一かじりほおばった。

 するとまるで夢でも見ているようにぐんぐんと視界が上に上に上がり、頭がぐわんぐわん回り始める。
 めまいが収まると、なんと木戸は元の大きさにすっかり戻り、尻餅をついてぽかんとしている状態だった。





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