拍手ありがとうございました!
若干打ちのめされてるろうあです^q^どうして私はこうあぁあ以下略
ところで今日はわれらがミヨのご命日ですね。ろあ父の誕生日です。
こないだ高野ん狐さんきゃべつさんで浅草の明治のあんな人やこんな人も行ったという老舗鰻屋に行って真昼間から日本酒と鰻重で談合してたのですが←
そこで「でんでらりゅうば~」の歌は長崎のらしいという話をお聞きして。
ほう。
ということは。
巳代治もちっちゃいころこれで遊んだかもしれないと。
( ´∀`)
( ゚∀゚ )
か、かわいrqうぇrt
日本語であそぼの恩恵に預かり幸い未だ歌えるので
思う存分妄想しましたとも。えぇ。

手遊び歌のようですが書類ほりなげて一人執務室でぼんやりでんでらしてる巳代治氏とか大変萌えませんか萌えますよねえぇ。
巳代治は割りと幸福な子供時代だったと思うのですが
さしもの神童もその時分からは考えられないような人生歩むわけで
一体これが巳代治にとって幸せだたったのかそうでなかったのか
去年のコピ本で神戸でそのまま新聞記者を続けてそのまま海外飛び回ってる系青年巳代治を描いて一人楽しんでたのですが(・・・)
あれは思いつきではなくて結構色々妄想考察した結果で
ミヨの子供時代のようなしあわせに満ちた人生というのは本当はそういう道だったのではないのかなぁと。
なんかよく現代で言われるQOL的な意味で/(^o^)\
てゆーかまぁ伊藤に出会わなければともよく言われる以下略
でも同じくコピ本で伊藤に言わせたのですが「それが幸せか」と
時代もあるかもしれないけどやっぱり伊藤と愛憎入りマジった(S々木先生風に)関係を築いて、それに傷ついて、その中でいろんなものを手に入れて、失って、やっぱり傷ついて疲れて、死んじゃう
ってのがやっぱミヨには合ってたんじゃないかなーって
それも幸せなんだろーなーって
なんか一応命日ということで
最近学部萌ばっかだったし
考察してみました/(^o^)\
まぁなんてゆーか私は巳代治みたいなのはごめんだな(・・・)
なんつーかふわふわしときたいんだよねぇ(´・ω・`)
やっぱり私の師匠はちせんだわ
知泉師匠もね、なんだかんだ言っていろんな物に縛られてその中で必死に放蕩を装って、いや結構放蕩してるんだけど、なんかでもそーゆーの素敵です師匠!←
好きな言葉に「大事なのは何になるかじゃない。どうなるかだ」的なのがあるのですが
歴史はこれを考えるのにすごく有用だと思います。
あ、なんかいいこと言ってる私!
***
「で、結局竜は出られたんですか?」
「知らん。どーでもいいばい」
って龍居と話してたらいい。
なにこれめっちゃ萌んねんけど。萌えんねんけど。
とりあえず誰か九州弁で藤門本をはよぅ。