眠れる獅子というのはたいそう大きな獅子であったが、薬が効いていたのか、
仮にも練兵館の元塾頭である木戸にとっては割合あっさりと勝負がついてしまった。

「と、とりあえずこれで獅子に殺されることもなにやら死刑にされることもないね」
良い運動をしましたとばかりに汗をぬぐいながら、さてあの俊輔に一体どんなお仕置きをしてあげようかなと考えていた木戸の肩を、ふたたび誰かががしっとつかんだ。
おそらくは警備の者か、と思い振り返ると、そこにいたのは木戸よりも大柄な三人の異国人だった。
「失礼ですがどちら様で?やめてください、何をするんですか」
とてつもない力で肩をつかまれている痛みに顔をゆがめながら、木戸はいささか乱暴に尋ねた。
すると一人の如何にも英国紳士といった風貌の男が、淡々とこう答える。
「遼東半島までとるのは国際法上いただけませんな。返還しなければこの国を沈めますよ」
「どうして獅子との対決に国際法が関係してくるんですか、それに遼東半島ってどこ!」
訳のわからない脅迫を受ける木戸は必死に肩にかけられている手をふりほどこうとするも、あまりの力にそれも叶わない。
とにかくなんでか知らないけど日本を沈めるってのはダメだ!となお暴れる木戸の両腕を軽々押さえつけて、三人はずるずると木戸を引きずりどこか海の見える崖っぷちまでやってきた。
「もうすぐバルチック艦隊がやってきます。そうすればこの国もTHE ENDですね」
「一体何なんですかあなたたちっ、というか勝手に終わらせるなっ、あっ、ちょっと!」
呆然とする木戸をその場に残し忽然と消え失せた三人の異国人たち。
断崖絶壁の遙か彼方下では日本海の荒波が千万のしずくと砕け散り、しかし空はといえば
明るい日射しに包まれ、本日も晴天である。
「ど、どうしよう・・っ」
霧でもかかっているのか、肉眼ではかすんでしまいまだ何も見えないが、木戸の第六感が確実に海の向こうから何かよくなものが近づいてきているのが感じられる。それがおそらく彼らの言っていたバルチック艦隊であろうことは確かだ。
「とにかく誰かにこのことを・・桂君!」
木戸が振り返ると、そこにちょこんと腰掛け木戸と同じ方向を見つめていた例のウサギが耳を揺らして答えた。
「よかった、桂君、海の向こうから・・・」
「えぇえぇ、もちろん知ってます。首相の僕が知らなかったらこの国は海の藻屑になっちゃうじゃないですか。」
「あれ、今は君が首相なのかい」
「えぇ、ぶっちゃけ色々複雑な背後関係はありますけど☆」
こんな危機的状況だというのににっこりとウィンクをしてみせると、桂はくるりと木戸に背を向けた。
「どこに行く気だい?!」
「きまってるじゃないですかぁ、戦争ですよ」
そういって半分だけ降りかえった桂の目は笑っていなかった。




