焼き魚定食
人を甘やかすというのは限りなく優しくてそれでいて残酷な行為だ。
「「いただきま~す」」
昼時。大盛りのつやつやとした白米、湯気の上がる味噌汁、豪快な切り口の煮物、たくあん、そして身のしまった青身魚。大根おろしも、もちろん。
「・・で、そういうわけだから、さっき渡したあれ一式、明日までに」
「そんなぁ。急すぎるよなんでオッケーしちゃったのさ」
「徹夜すれば余裕で終わるじゃないですか、Any problems?(何か問題でも?)」
「Awfully!」
伊藤の秘書官である金子と巳代治が向い合ってやんややんやの言い合いをしている横で、昼ごはんに向かい合う謙澄が黙々としているのはいつものこと。
ただし今日、唯一何かが違うというならば、そのご飯のヘリが少し、いや圧倒的に遅いということだけだ。
日本男児たるもの、焼き魚と大根おろしと白米を出されたらこれらをセットで味わうのは当然であると純粋に信じて疑わない謙澄は、真剣な面持ちでせっせと箸を動かす。しかしいくら格闘しても、この脈略もなく飛び出してくる小さな骨たちがその先にある大いなる快楽をご丁寧に邪魔してくる。食欲は人間の三大欲求なのだ。
この尖った小さな骨が喉元にひっかかっては気持ち悪いことこの上ない。楽しめる食事も楽しめなくなる。喉元が気になって舌に神経が回らない。それは食事を作ってくれている人に失礼ではないか。
そんなことを考えながら、やはりせっせと終りのない魚との対話を続ける謙澄。少しずつ貯まっていくほぐれ身だけが唯一の成果。
これが満足いく一口サイズになるまで、ご飯も味噌汁も煮物も食べないという固い決意のもとに・・・・
「・・・・末松くん・・Any problems?」
金子のそんな問に答えは帰ってこない。
「Awfully HE has!」
サシというかハシの真剣勝負に夢中に、いやその集中も熱意もお腹の虫というやかましい外野の圧力に屈しかかり、謙澄の中で悲しい気持ちと目尻のつんとした感じがこみ上げてきた。そのとき、横からさっと手が伸び、今日の敵そして明日の活力(予定)の魚が皿ごとひったくられた。
「僕の!」
「知ってる!」
とっさに叫んだ謙澄を黙らせるかのような鋭い声。
「さっきから横で何をもたもたもたもたもたもたもたしてんの?!」
巳代治はそういいながら、ひったくった皿を手元に置き、箸で器用に魚の身をほぐし始めた。
「悲しそーな顔してなにやってるのかと思ったら、魚もまともに食べれないとか!」
「た、食べれるもん、でもだってそれ骨が多い・・」
「小さい骨ならちょっとくらい食べても大丈夫だよ」
「喉気持ち悪いの、ご飯に悪い」
金子の言葉にいやいやと謙澄が首を振って抗議した。
「けんちょ、お箸の持ち方時々怪しいし、どーせちっちゃい頃甘やかされてたんでしょ!」
謙澄は心持ち箸をきちんと持ち直して、黙っててきぱきと骨と身をわけていく巳代治とその手元とを上目遣いに見比べた。
そりゃ確かに、子供の頃は兄か母かにほぐしてもらっていたし、甘やかされていたかと言われれば
四男坊なりに甘やかされていたと認める。でもきちんと自分で食べれるように練習して、時間はかかるが、今までそれなりに魚を食べて生きてきているし、末っ子が甘やかされるのはある程度仕方ない。
実際今こうして目の前で魚をよりわけてくれている巳代治だって末っ子じゃないか。おかげかどうかは知らないが、甘えん坊なくせに。
「あー僕も昔は弟に魚ほぐしてあげたことあったな、母上に言われてすぐやめたけど」
金子はそんな巳代治と謙澄を向かいからニコニコと眺めた。
「だからね、ミヨ。そういうのは時間がかかっても、見守ってあげるのが本当の優しさであって」
「だって、見ててイライラするんだもん」
はい、と言ってつき返された焼き魚は、先ほどとは打って変わって大人しく食べてくださいとその
白いほろろの身をご鎮座ましましていた。
「僕に言わせれば、そう言うミヨも十分甘やかされて育ってるんだけど」
「ミヨは自分で魚くらい綺麗によりわけることできますぅー」
「うんそうなんだけど、そうじゃなくてさ」
「・・・やっぱり甘やかすのはよくないんだ」
謙澄は巳代治の手さばきに感動を覚える一方、今までの我慢にちょっともやもやした気分を飲み込みながら言った。
人を甘やかすというのは限りなく優しくてそれでいて残酷な行為だ。
その優しさが後に、目の前にある幸せをつかめない悲劇をこうして生むのだから。
「僕、これからはミヨちゃんを甘やかさないようにする」
「一体どういう思考回路をしたらそういう結論がでてくんのよ?!これから毎日焼き魚一匹焼いてもらいなさいこの甘ったれ!!」
「ありがとみよちゃん」
「・・うん」
謙澄は幸せそうに魚とご飯という日本男児の魂の味に浸り、二人に追いつくかのようにいつも以上のテンポの良さで軽快に箸を進めだした。
「後でアイスあげるね」
「3口以上」
「じゃぁ3口ね」
「やっぱり半分」
「・・・うん・・・・・」
金子はそんな二人を眺めながら、味噌汁をすすった。それはひどく玉ねぎの甘い味がした。
おわり
魚なかなかうまくほぐせないけんちょが書きたかっただけだ!!!←
お兄ちゃんなカネケンと末っ子根性のけんちょみよじが萌える。
私の妹が、私がいなくなって基本的にせいせいしたけれど困ったことがいくつかある、
そのうちのひとつがご飯に魚が出たときにほぐしてくれる人がいないこと、
とのたまいやがりました。妹は魚未だに一人でまともにはほぐせません^q^