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恋愛相談6


春の話のハズが桜が季節外れになってしまったww
次で終わりそう!




6.シャツと赤ワインのお昼時


 身軽になった巳代治は視線を外さず、ゆっくりと近づいてきた馬車のステップに片足をかけた。
「過去の人間からひとひとり寝取れないだなんて、何が政界の寝技師よ。ちゃんちゃらおかしいわ!」
 窓からひょいと西園寺が顔をのぞかせ、不機嫌全開で宙を見つめる巳代治に声をかける。
「どやった?うちの子」
「まぁまぁですね。普段『総裁』がどんな扱いを受けてるかよくわかりましたよ。」
 視線を動かすと、西園寺は涼しげにそう?と言った。
「いいですね、岡崎さんは。こんな身近にこぉんないけない見本がいるんだから」
「見本?まぁまぁ?あんな気利かん男が?ミヨはちょっと優しくされるとすぐほだされんねんから」
「わぁ面白い冗談ですね。私、今まで二人が同じくらい悪いと思ってたんですよ。今回わかりました。圧倒的に原さんが悪い」
 自分で扉を開いて巳代治の両足が地面から離れる。西園寺は窓に腕を持たせ頬杖でにやりと笑った。
「ミヨと違って甘やかされ慣れてないんやって。広い気持ちで見守ったって」
「こんな身近に最悪に甘やかされてるお手本がいてまだ慣れないんですか?!大体なんでミヨが見守ってやらなきゃいけないの?」
「怒りなや。ほら乗るんやったら、はよぅ。春は砂埃があかん」

・・・

「は、原くん」
「・・・」
「ちょ、どこ行くのさ」
「・・・」
「原くんってば、君絶対何か勘違いしてるよね!」
 早足でずんずん進んでいく原の後を、包を抱えた岡崎がこちらも早足で付いていく。
「何も勘違いしてない」
「じゃぁどうして止まってくれないのさ」
「用事がある」
「何の用事」
「うるさいな君に関係ないだろ」
「デート?」
「なわけあるか!それは君・・」
 ようやく振り向いたところで、岡崎が手首をとる。

「ほらやっぱり勘違いしてるじゃない!」
「してない!」
「してるってば!あれは、その、政治上の付き合いであって、そう・・・」
 手を振りほどこうとしばらく暴れていた原は、今度は逆に岡崎のネクタイを引っ張って、あぁだからどうして僕の周りは可愛いけどこういう人間ばっかり、言った。
「そうか、ならさっさと戻れ。時々伊東のとこに行っていたのは知ってたが、それも政治上の大 事 な お つ き あ い なんだろう」
 いや無意識とはいえものすごく私的用事だったみたいですが。まだ砂埃のたつ静かな裏通りの奥には桜の木が植わっており、散々と舞っていく。
「ねぇそれ嫉妬とかヤキモチって思っていいの?てゆーかなんで、濡れてるの?」
「うるさい!前者はノーで後者はノーコメントだ!」
 原はそうしてネクタイから手を離し岡崎の胸を平手で思いっきりついた。ぐぇ、と思わず岡崎が変な声を出し原を掴んでいた手から力が抜けた。
 そのすきに逃れた原がジャケットの前を押え、まだ濡れた後の残るシャツを隠す。
「どうして君って、こう可愛げがないんだろう」
「どうせ伊東の方が顔はいい」
「そりゃそうだけど、違う原くん今のなしそうじゃない待ってそんな格好でほっつき歩いちゃ風邪ひくよ!」
 まだ日が傾けば春先の冷たい風も吹く最中。日中の今は春物のジャケットも下手すれば要らないくらいの陽気だが、それでも万が一を心配してしまう程度には可愛いと思っているのに。
「あぁわかった帰って着替える。だから君はさっさと戻れ。政治上のつきあいに失敗したら、許さん。伊東は面倒だ」
「うん、すごく面倒だよ。それでね、多分・・・用事は終わったんだ」

 何をどうやったのかは知らないが、ついでにここまでされてはますます後が怖いが、岡崎はこの際乗りかかった船、と開き直って、原の手の中に包を押し付けた。原が不可解かつ動揺した表情で岡崎と包を見比べた。

「賄賂か」
「僕が君に賄賂を送って何の得があるって言うの」
 もう少し素直な思考回路はしてもらえないのかな。こういうとこは絶対兄さんの教育のせいだ、と精一杯の抗議を胸のうちでして、岡崎はもう一度包を押し付ける。
原がしぶしぶ受け取って、
「君がこんな洒落たカードを添えられるとは思えないんだが。伊東の差し金だろう」
とあっさり見抜いてくれた。
「えっと。うん、そう。選ぶの、手伝ってもらったんだ」

 なるほど絵に描いたようなシチュエーションだ。巳代治が感動(してないだろうが)するのもわかる。

「・・・そんなくだらないことで、あんな奴の恩を買うな」

 納得してくれたのかな?一瞬原を騙しているような悲しい気分に陥ったが、よくよく考えれば完全なる真実ではないものの、嘘も含まれていない。政治的には最高に素晴らしい暗黙の合意条件。完全に手の上で踊らされているような気がしなくもないが、たまには原と二人、踊らされてみるのもいいかもしれない。
「開けてみなよ。」

 原は珍しく素直に従い、綺麗な包を丁寧に開けた。中から出てきたのは、先ほど岡崎が指さした方の、赤ワインで染めたような色のシャツ。
「・・・派手」
「え、君この前ピンクのシャツ着てたじゃない」
「そんな安直な選び方するな」
「色は僕が・・」
 選んだわけではないけれども。ただそれを伝えることはもごもごと途中でやめて、これはズルなのかなと思ったが、しかしむすっとした原の表情の中に、決して嫌いではない感情を見れば、多少のズルも許されるような気がした。少なくともそれによって受ける天罰なら甘んじて受けようと思った。

「ちょうどいいから、着替えなよ」
「こんなところで着替えられるか!」
「じゃぁ、どこかお店に入ろう。ついでに、お昼食べようよ。時間も時間だし。桜でも見ながら」
 原は仕事が、とかなんとかブツブツつぶやいていたが、つぶやきながら、丁寧に開けた包にもう一度広げたシャツを戻して、また丁寧に腕に収めた。彼はこの包を取っておいてくれるだろうか。仰々しくDear、と宛てられた嫌味なほどお洒落なカードはどちらかというとあまりおいておいて欲しくないのだが。

「いいじゃない、どうせ総裁は今から買い物に繰り出すだろうから、簡単には連れ返せないだろうし」
 だから、早く行こう。この穏やかな春の陽に、濡れたシャツが乾いてしまう前に。


・・・

 巳代治が西園寺の馬車に乗り込もうとしたとき、店の中から店員が出てきた。
「申し訳ありません、ご確認を」
「何?」
 店員は紙袋を差し出しながら、
「お借りしたシャツと、後、お代はいかがいたしましょう?」
と尋ねる。巳代治がため息混じりに答える。

「あなたバカ?赤ワインのしみなんて、取れないでしょ。処分していただいて結構。多分。
 んで、見てわからないの。お代は政友会さまよ政友会」
「あかん!見たとおり伊東巳代治につけとったらえぇ」
 中に引っ込んでいた西園寺が再び身を乗り出し訂正した。
「だからなんでミヨが!」
「せせこましい子やね・・・あんなんよりえぇもん、いくらでもこーたるわ」
 あんなん、とは言ってくれる。あれでも結構な値段がするのだが。店員はされどそんなことはおくびにも出さず、襟を正してかしこまりました、とだけ答えた。

「えっ、今日西園寺さんのおごりですか?」
「そうね、まぁミヨがえぇ子やったら」
 そこでようやく巳代治も口元に笑みを浮かべ、くるりと振り向いて店員を手招く。

 全部まとめて政友会の岡崎に、と耳元に囁いて、今度こそ颯爽と馬車に乗りこんだ。男はもう一度襟を正して、遠ざかっていく馬車に向かって礼をした。かしこまりました、と。



to be continued....


| 2011-04-25 | カテゴリー: Story

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ろうあ

楼 亞 (ろうあ)

主に明治・大正時代の歴史好きです。*元老・第二世代・官僚閥 (歴創) *旧帝大の学部、旧三商大(擬人化)*一部女性向け表現を含むことがありますので苦手な方はご注意ください。連絡は

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